『普通列車の旅とランドマーク考』 リレーコラム 都市の鼓動 第16回 

                          中村 正 (株・ネクサス代表取締役)

この10月末、久しぶりに水沢から盛岡までの在来線(JR東北)に乗った。
ウイークデイの昼下がり、2両編成のロングシートタイプで各駅停車。居心地の芳しくない1時間あまりの旅になることを覚悟し乗車、着席。
動き出した車窓からの風景を目にして、予測は一転した。
澄んだ空気の中にくっきりと雪を被った焼ヶ石連峰、経塚山がその特徴ある姿を現わしていたのである。
“今年はついぞ登らなかったな〜”などと思いを巡らせている中、次々に現れる山並みを眺めつつ、いつしかそれらの山名を確認し始め、車窓からの風景にどんどん引き込まれていた。
すっかり、“久しぶりの山めぐり”に浸たる小旅行気分の自分が其処に居た。
右を見たり、左を見たり、挙げ句は運転席の後ろに立ってみたりと忙しげで、周りの人には訝しく見えたかもしれない。
西(左)に、経塚山、駒ヶ岳、夏油の山々、丸子峠、重なり合う豊沢川源流域、電波塔の並ぶ新山、炬燵山とは上手く云ったもの、そのものズバリの東根山。釣り鐘状の南昌山と毒が森、そして赤林山、箱が森。山裾に飛び出た城内山、飯岡山。高倉山や秋田駒ヶ岳、烏帽子岳も遠望。
東(右)に、種山高原、白森山、小白森、薬師岳、小田越峠、早池峰、鶏頭山、毛無森、黒森山、朝島山、鬼ヶ瀬山、沢口山、鑪山、蝶が森。遠くに兜明神岳、岩神山、安倍館山、御大堂山、姫神山。そして正面にど〜んと鎮座マシマス岩手山を指差確認(まさかそこまではしていなかったとは思うが、ぶつぶつ独り言をしていたかもしれない。)。
いつの間にか水沢―盛岡までの、小躍りしているような“東北本線沿線ランドマーク確認旅行”になっていたのである。
秀逸は北上を過ぎて花巻、石鳥谷、日詰にかけて東側(右)に遠望された“冠雪の薬師岳、小田越峠そして早池峰連嶺の端正な稜線”であった。
「附馬牛の谷へ越えれば“早池峰の山の形は片仮名のへの字に似たり”」と柳田国男が「遠野物語」の中に記していたことを思い出し、「東北線、花巻辺りから東の方角に三角山のごとく見える薬師岳から鞍部の小田越を挟んで北側に“逆への字がごとく連なるのが早池峰の山々”」と云いたい衝動に駆られた。
この季節、薬師岳や小田越なくして早池峰は風景的にその存在を主張できないように見えたからである。
そういえば7〜8年前、晩秋〜晩春にかけて、花輪線、田沢湖線の一番列車に乗り、朝焼けの景色を楽しんだことを思い出した。
30年近く寝起きとともに緑の額縁に納まった岩手山を見ることができる暮らしをしてきて(勿論天気が良い場合であることは云うまでもない)、ちょっと違った朝の風景を見たくなった。そんな動機だった。
メモを見てみると、「紅葉季の花輪線(東北自動車道からも)は遠景、近景ともに“朝日に錦織りなし、秀逸”」。「岩手山は、晩春の薄明、雪の残る田沢湖線からが“たおやかで優(厳冬期の朝焼けは神々し過ぎる)”と記してある。

“景観は時間(季節、朝、夕、観る人の成長を含めて広儀)とともに変幻自在だな”との感である。
そしてその変化には何の不安も感じさせられない。むしろ安定(秩序の存在)を憶えるのは私だけであろうか。
“万物は流転する”は古代の哲学者ヘラクレイトスの名言。(古代の哲学の主たるテーマは“万物の源は何か→自然とは何か”であった)
「万物は永遠の生成消滅の内にある。この消滅は相互に転化し合う相対立する関係にあるものの、緊張的調和によって普遍の秩序を示す」と言うふうに述べているとのことである。
我流の解釈は「自然は変化するもの。変化するが普遍の秩序を示す」である。
風景(景観)において、ランドマークが果たす重要な役割は“安心、安定に関わる象徴性”であろう。
「ランドマーク考」は、まち場における都市計画的一手専売的手法でなく、少なくとも“鉄道沿線でも対象とすべき事柄”のように思える。対象とすべき場や、物を含めて、多様なアプローチがあると考えたい。
大いなる百家争鳴を期待する。
時間と云う魔物のような度量衡に耐えうる不滅のランドマークは、盛岡であれ何処であれ、岩手(日本)に於いては四囲の山々(自然)なくして語れそうにもないと想いつつ。
中村

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