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あらためて 「価値を上げると」ということ 

都市デザイン総合研究センター理事
             中村 正
 まち中の紅葉・黄葉が美しい。
そして、なんとなく静寂で清澄だ。
自然(自ずから然り)な秋を感じ、盛岡の【宝】だなぁーと思う。
盛岡の良さを無垢に表現できているのは「景観」なんだ、との思いを強くした。
曾て(25年ほど遡ることになるのか?)さまざまな場面で「アメニティ-」という用語が頻繁に使われた時代があった。         
快適性、居心地の良さなど、計量しきれないその場の価値を表す概念とされ、その土地の価値を高める主要なことと位置付けられた。《らしさ》とも代意され、盛岡でも「盛岡らしさとは?」をテーマとした活発な議論が起き、百家争鳴の体になった記憶がある。
アメニティ―をかみ砕き、感性として身に着け、まちづくりに展開できることは「専門家の素養」とまで言われたほどであった。
また経済活動的、公共投資の視点からも、将来の人口減が見こまれる中で、将来に残すのにふさわしい社会資本(ストック)は、アメニティーの主要な構成要素を多様(文化性、歴史・文化性、自然性等)に包括する「景観」が一番だろうとの支持もあって、景観形成への取り組み盛んになった経緯がある。(美しい国ニッポン、観光立国ニッポン、クールジャパン~観光による地域間交流の活性化による流動人口の増加などへの貢献を見込んだ)
現在、観光で賑わっている所、様々に話題になっているまちなどを俯瞰してみると、京都、奈良、東京などは別として、四国お遍路、津和野、出雲、松江、川越、会津若松、金山、登米、角館等列挙したほとんどが「優れた景観地(景勝地であることばかりでなく、アメニティーを、そこはかと漂わせている所)である。     
ほとんどが、当時、あるいはそれ以前から景観資源(アメニティー要素)の掘り起し・保全・修復、復元、創造に取り組んできた所で、今【輝き】を発しつつあると捉えている。
盛岡は昭和40年代末(1970年代半ば)から「自然環境及び歴史的環境保全」を切り口に主として定住者を意識した、景観(歴史・風土、佇まい、暮らしの作法なども含む)を、まちづくりの指標の一つと捉え、様々で、独自的施策を展開してきている。また景観形成ガイドラインの作成にいち早く取り組むなど先進的であり、最近では景観法適用都市となり、法的整備を進め、景観計画の策定、町屋再生、城址を中心としたまちづくりなどにも取り組んでいる。こうしたことに着目すると市民の目線からも期待できる街として、高い評価があっていいと思う。
が、なぜか取り組みが「輝きを発している、発するだろう」との感動(エモーション)を呼び起こしているかどうか疑問に思う。町並みや個々の建造物、清冽な水や空気、緑の景色等さまざまな要素が【綾なす】構図、構造(暮らしなども含めて)になっていないのかもしれない。改めて総合化(あえてアメニティー化という)の取り組み(再評価→保全・修復・再生・創造)がこの地の価値を高める、感動を惹起する方策になるのではと考えている。
取材 023 (1) ityou.jpg 16.jpg



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