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住まいの住まい方〜都市デザイン論壇第13回〜 

     NPO法人都市デザイン総合研究センター理事 鷹觜紅子
 今日この頃は、朝晩も涼しくなってきたが、うだるような暑さが続いた、8月のある日の午後、気の合った仲間同士で、夫々持ち寄った物を囲み、話に花を咲かせようと誘いがあった。薄暗くなってきた頃、ビールと枝豆、漬物を手に、うちわで扇ぎながらふらふらと歩いて出かけた。目指す家は道路を挟んで向かい側に、低層ではあるが70世帯は入ると思われるマンションがあり、またその向かい側には10世帯ほどのアパートが2棟建っている。その様な近代的なものに挟まれるように、板塀に囲まれた一角がある。格子戸をカラカラカラと開け中に入る。打ち水がされた石畳の両側には、松や道丹つつじ、つげ、アオキなどが植えられ、その根元には、ギボウシが敷きつめられている。
そこを通り、玄関に辿り着く。瓦葺の日本家屋がある。玄関の引き戸は開け放たれ、網戸が建てられている。その中には御簾の衝立が置かれ、風は通るが室内が見えないような工夫がされている。話に花が咲き、10時を回った頃、この家の居心地の良さにふと気が付く。日が沈んでも、まだ暑さが残る日であったが、窓から入って来る風が気持ち良い。風を知らせる風鈴の音が心地良い。そして、その家の天井が高いのが良い。思い出が刻まれた柱の傷が良い。真ん中に大きなテーブルを置いた広い台所が良い。奥の二間続きの和室が良い。その和室の長押にかけられた衣紋かけの着物が良い。とにかく家全体がゆったりとしている。そして、家のなかの話し声が外まで聞こえ、ご飯を食べている様子や何を食べているかが窺える。昭和の頃はよくあった光景である。いつの頃からか、住宅の性能ばかりが優先され、閉ざされた家が多く造られるようになった。その閉ざされた窓からは、家の中の声は外には聞こえない。また、外の声も聞こえなくなった。窓から入る風の代わりにエアコンが稼働し続ける。消防自動車のサイレンの音が近くで聞こえると思い、火災情報に問い合わせてみれば、隣の家が火元だった。などと言う事も有り得る。近頃は、個人主義が重視されアパートやマンションでも隣同士、知らないのが当たり前と思われる様になってきた。それは、一戸建ての住宅においても同じ事が言える。共同の井戸を囲み、家事をしながら、夫々の家族の話や生業の話、子供の話などをして昔から培ってきた共同体の精神が、どこかに行ってしまった。住まい方の変化が、そのまちのコミュニティーの在り方をも変えてしまう。住まいを提供する側も使う側も、それが全てとは言わないが、その町に家を建てる意味をもう少し考えてほしい。地域に溶け込む家を建ててほしい。又その様な住まい方をしてほしい、と常々考えている。
大慈清水  img029 (2)


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