スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

さりげなく清潔な街でありたい〜さあどうする!これからの盛岡(第8回)〜 

              都市デザイン総合研究センター 中村 正

春、レンゲツツジが際立っていたと思っていたら、今夏の立葵(タチアオイ)もとりわけ鮮やかで、清楚な盛岡を引き立てている。
盛岡を訪れる多くの人たちから「盛岡は道路にごみも少なく、緑も多く、清潔な感じがする。好ましい」とよく言われる。
ごみの集積場は、総じてどこも清潔に整頓されており、路上ポイ捨てなども見かけることは少ない。
散乱したごみを見かけることもあるが数時間後にはほぼきれいに始末されている。
先日、出勤途上のバス停で、無造作に捨てられたごみをさりげなく拾い、手にしたビニール袋に入れ、何事もなさ気に立ち去るご婦人を見かけた。きっとそうしたさりげない市井の人達の行為の重なりによって≪もりおか≫の清潔さは保たれているのであろう。
明治時代初期、盛岡に立ち寄った米国人E・S・モースの備忘録『日本その日その日・japan day by day』の中に、盛岡についての記述があったことを思いだし、読み返した。
『(福岡(二戸)を出てから‥‥)我々は狭い町を通って、大きな、そして繁華な盛岡の町に入った。町通の両側には、どっちかというと、くっつき合った人家と庭園とが並んでいる。立葵が咲き乱れて、清楚な竹の垣根越しに覗く。家はすべて破風の側を道路に向け、重々しく葺いた屋根を持ち、町全体に勤倹の空気が漂っていた。(‥‥)盛岡では河が広く、ここで我々は船に乗らなくてはならなかったが、船を雇うのには川岸にある製材所へ行けと教えられた。事務所は二階建で、部屋や衛生設備はこの上なく清潔であった。而もこれが、なんでもない製材所なのである!。 船と船頭とを雇う相談をしている最中に、実に可愛らしい皿に盛った、ちょっとした昼飯とお茶とが提供された。我々は盛岡にほんの短時間とどまり‥仙台に向け船旅にのぼった。』
「立葵。なんでもない製材所のこの上ない清潔。実に可愛らしい皿に盛った、ちょっとした昼飯とお茶。」に惹かれ、約150年前のさりげないおもてなしに新鮮さを感じた。これぞ盛岡らしいおもてなしだったのだろう。
美しい盛岡をめざし、国際化対応、国体を控えてなどの掛け声のもと、ハンギングバスケットの普及や草花による沿道修景など様々な取り組みがなされている。多くの市民も各戸でポット苗を育てたりし、それぞれに関わってきているのに、今一つ盛り上がり感に欠けるとの評は否めない。「美しい」は気恥ずかしいのが盛岡らしいからかもしれない。
『150年前から、さりげない(なんでもない)のが盛岡らしい』のだから。
いっそ『さりげなく(なんでもなく)清潔な街・おもてなしの街』を標題にした方が多くの市民が素直に「かかわりを表現できる」かもしれない。

(E・S・モース:明治初期アメリカから来た生物学者で東京帝国大学初代生物学教授。民俗学者でもある。日本ではあの「大森貝塚」の発見者として広く知られ、ダーウインの「進化論・種の起源」を日本に広く紹介した先駆者として著名)
0905,06 016 nakamura.jpg


スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。