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盛岡城跡公園からの岩手山の眺望の復元の意味を考える〜「さあどうする !これからの盛岡第7回」〜 

NPO都市デザイン総合研究センター理事長
(工博・岩手大学名誉教授) 安藤 昭
前回は,ポストモダンのまちづくりの目標は「近代化のまちづくりの修復にある」ことを指摘し、アウトドア・アクティビティ(野外体験活動)からのまちづくりの必要性について、特にスポーズ・ツーリズムからのまちづくりの必要性について述べた。今回は、同様の視点から、盛岡の都市のアイデンティティ(Identity)(個性)とは何かを検討し、表題の盛岡城城跡公園からの岩手山の眺望の復元の意味について述べる。
ところで、一般に近世城下町はわが国の都市の典型であると言われ、現在では、県庁所在地の都市の約7割が城下町起源の都市であることを認識しておく必要があると思われる。それでは、城下町起源の都市・盛岡のアイデンティティとは何であろうか。平山城として親しまれている盛岡城跡を眺望できることであろうか。あるいは、岩手山や北上高地に代表される大山高丘を展望する東部丘陵地帯があることであろうか。はたまた、清流・低丘の中津川、北上川、雫石川の3河川が市街地において合流し南下していることであろうか。
私は、これまで、城址仰望の盛岡城と大山高丘を展望する東部丘陵地帯と清流低丘の中津川、北上川、雫石川の盛岡の都市の骨格ともいうべきこれらの3つのタイプの景観が,それぞれにおいて視点―視対象、視対象―視点という相互関係をもって共存しているという優れて特殊な景観的構造をなしている点に注目し、この3つの景観の視知覚的構造が盛岡の都市アイデンティティであると考え、この視覚的構造をわかりやすくすることこそが城下町起源の都市盛岡のアイデンティティの創出であるということを一貫して強調してきた。
先日、平成27年7月上旬から始まる岩手教育会館の建て替えに当たって、盛岡城跡公園からの岩手山の眺望が復元されるということを知ったが、盛岡城跡公園からの岩手山の眺望の復元は、既に述べたように、盛岡の都市の骨格ともいうべき優れて特殊な景観的構造のアイデンティティを強め、都市のブランド力を増すという意味をもっている。そのため、この地点における眺望の復元は、盛岡市の景観行政の久々の大金星であると言っても過言ではないと思えるが、今後も持続的な眺望の確保が必要であることを考えれば、この眺望の復元という事例は今後の盛岡における「近代化の修復のまちづくり」のスタートであると捉えたいものである。
盛岡城2の丸からの岩手山の眺望 ando.png

写真-1 盛岡城城跡公園からの岩手山の眺望の確保
(7月初旬に撮影の予定;撮影筆者)
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