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大通り商店街に賑わいを求めて ~さあどうする!これからの盛岡(その5)~ 

                 都市デザイン総合研究センター理事 鷹觜紅子
近年、大通り商店街を中心とする市街地の賑わいが薄れてきたと感じているのは、私だけではないと思う。
以前は、出来るだけその近隣に土地を買って家を建てる事がステータスであった。又、大通りの飲食店で一杯飲んだ後タクシーに乗らずに、歩いて帰宅できる市街地の中心部にマンションを所有することは他のものから見れば憧れに近いものだった。ところが、盛南地区の巨大開発により居住の場をその地に求め移住する人が増加した。市街地の中心部にあるからこそ意味があると思われてきたマンションも数多く建設された。大型ショッピングセンターや全国展開している店舗も同じである。自家用車を移動手段とする地方都市では東京等の大都市圏で売っているものがすぐ買えるとあって皆、足を向ける。その結果、中心と思われてきた大通り商店街がいつの間にか中心ではなくなっていた。
思い返せば、暑い夏休みや寒い冬休みには、大通り商店街に隣接する県立図書館のレファレンスルームの机を確保する為に、私も朝早くから並んだものである。面白いことに当NPOのNさんも並んだらしい。勉強もしたが、同世代の若者たちが集まるその場に、わくわくする様な何かを感じた。休みの時の私たちの居場所であった。図書館を出た後は、皆大通り商店街を通って帰宅の途についた。そしてまた翌日、同じ様に場を求めて図書館に足を運んだ。今、図書館は盛岡駅西口のアイーナに移転した。今も高校生達は、夏休みに限らず学校帰りにも、場を求めてアイーナに足を向ける。若者たちも大通りから居なくなった。
しかし、人の移動が変わったとしても昔から受け継がれている街は今もちゃんと存在している。まち角に立ってまち並みを見回したとき、心に訴え続ける景色がそこにはある。歴史があり、思い出もある。大通り商店街はあまり高い建物もなく、道幅も狭く、道路を行ったり来たりして買い物をし、個人商店のおじさんやおばさんと会話もできる人間スケールの丁度いい商店街だと思う。
今、新たにそこに若者たちが集まる場を創る事は難しい事なのだろうか?近くに川があり、城跡公園があり、自然を満喫できる場があっても、それは大人の場であって若者たちが求める場ではない。例えば、大通り商店街にある空き店舗の一部を若者たちの場として提供するのはどうであろう?ルールを決め、それさえ守れば何をしてもいい場所。子供が集まれば大人も集まり、歴史ある商店街に再び息吹を吹き込むことが出来るのではないだろうか。古き良き昭和の景色が、そこに見える様な気がする。
大通り 大通り1



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