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子どもたちの記憶に残る「盛岡のまち」をつくる! ~さあどうする!これからの盛岡(その4) 

              都市デザイン総合研究センター 理事 佐々木栄洋

少子高齢化が本格化し、人口減少が続く我が国において、中心市街地の衰退は深刻な問題であり、まちの求心力を高め、中心市街地を活性化させようと全国各地で様々な取り組みが行われている。盛岡も例外ではないが、これまでの盛岡のまちづくりを評価する人は多い。これは盛岡のまちづくりが直面した問題に、関係者が真摯に向き合い、取り組んできた成果であり、脈々と受け継いできた盛岡人の心意気もあって、実現してきたのではないだろうか。  
しかしながら、盛岡のまちづくりも新たな局面を迎えていると感じる出来事が数か月前にあった。
この出来事に触れる前に、今から30年以上も前の、私の少年時代の出来事に触れたい。遠野市で生活していた私にとって「盛岡へのお出かけ」は一大イベントであった。親から「盛岡に出かけるぞ」と聞くと、飛んで跳ねるくらい喜び、はしゃいだ。残念ながら子どもの頃の記憶でいい思い出というのはあまりないが、盛岡に家族で出かけた日のことは今でも覚えている。わがままを言って親に怒られたとしても盛岡での一日は、いい思い出になっている。子どものくせに隅から隅まで大通りのことを知りたいと思った。子どもにも魅力的な「空間」が当時の大通りにあったと思う。
さて話は、数か月前の出来事に戻る。大人になり盛岡で十数年間仕事をした私は、今の生活拠点の遠野と同様に盛岡に対しても愛着心が強い。盛岡にはよく来るのに、いつも用を足すとすぐに遠野に戻るため、これまで家族と盛岡の中心市街地でゆっくりと過ごすことなどなかったが、今年の1月、息子と大通りでゆっくりと1日を過ごす機会を得た。この機会に息子にも大通りの良さを伝え、楽しい思い出となっている大通りで息子にも何かを感じてもらいたいと思っていた。しかし、大通りは当時とはあまりにも変わっていた。家族で楽しく過ごせる空間を見つけることができなかった。きっと息子も「魅力ある大通り」を感じることはなかったと思う。
岩手県内、そして盛岡には「まちづくりのプロフェッショナル」と呼ぶにふさわしい人がたくさんいる。しかし、まちづくりはプロフェッショナルと呼ばれる専門家のみがつくり上げるものではないし、専門家のみが都市問題を解決する術を持っているわけではない。住民の創意と知恵を結集することが必要である。すべきことは多いと思うが、子育て世代の力を結集し、大通りで一日を過ごそうとする家族連れが増えるような空間をつくり上げたい。今の子どもたちに盛岡の中心市街地の良さを伝えないと大変な時代が迫ってくる。子どもたちの記憶に残るまちづくりが今求められている。
大通り

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