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伝説の横丁桜山界隈―さあどうする!これからの盛岡(その1)― 

                都市デザイン総合研究センター理事 中澤昭典
パリといえばカフェ、ロンドンといえばパブ、日本といえば居酒屋、盛岡の居酒屋といえば桜山界隈。桜山界隈といえば、今や全国的にその名を轟かせる伝説の横丁である。
そのロケーションは、正面に南部藩の城跡に鎮座する桜山神社、左右には盛岡城の外堀跡の鶴ヶ池と亀ヶ池。さらにその外周には県庁、市役所、裁判所、新聞社、警察、消防などを従える堂々たる佇まいだ。
その内部構造も理にかなって素晴らしい。中央に鳥居をくぐる桜山神社の参道、外縁の道路はウォーターフロントで、鶴ヶ池側は柳の緑、亀ヶ池は桜が囲み、水面がピンク色に染まる桜吹雪は花見の名所となる。
外縁と参道の間には路地があり、この小さな横丁界隈にさらに細分化されたいくつかの空間を創り出し、角を曲がった向こうや、建物の裏側などの「見えないあちら側」が怪しい期待感を醸し出す。また、「小さな空間」がいくつも集まって複雑な「小さな複合空間」をつくっているため、その内側に入ると、“内輪感覚(コミュニティー)”と、その反対の“雑踏の中に匿名性を得て楽しむ孤独(プライバシー)”、の両方を得ることができるのだ。このことがこの狭い界隈に不思議な奥行きと厚みを創り出す。さらに、昭和ノスタルジー漂う正統派の居酒屋から若者が集うカフェ、蕎麦屋、薬屋、酒屋、食堂、喫茶店が混在し、この雑多な感覚が「背広姿からジーパンTシャツでもOK」と老若男女を惹きつけ、今や盛岡の観光スポットとしても注目を集めるに至った。
さて、ところがであるが、このエリアは国史跡、都市計画公園の指定区域内にあり、将来的には緑地とする計画がある。数年前に議論が持ち上がったが結論が出ず、とりあえず保留となっているが、建物が老朽化してきても建て替えができず、最近火事があった場所は再建できずに歯抜けの状態になっている。
さて、どうしたものだろうか。
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史跡復元のため江戸時代の土塁を復元して緑地とする案が出されているようだが、史跡とか文化財というものはガラスのショーケース越しに眺めるのでは過去の遺物・残財に過ぎなくなる。市民が触れて使い込んでこそ生き生きと磨きがかかり史跡も喜ぶのではないだろうか。
今や日本の代表的な若者文化の発信基地となっている、新宿や下北沢もヤミ市起源横丁から発展してきたものだ。
戦後の街づくり繁華街文化の原点、ヤミ市横丁の生きる伝説とも言えるこの界隈を、盛岡の酒食文化の発信拠点としてもっと磨き使い込んでいくのも一考と思うがいかがなものだろうか。
伝説の横丁
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